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読書記録など。

「噂の真相 25年戦記」 書評

岡留 安則「噂の真相 25年戦記」読了後の感想。

これは、「噂の真相」という、ある種伝説的な雑誌(現在休刊)を立ち上げた編集発行人がこの雑誌の奮闘の歴史を振り返った本である。

と言っても、私自身はこの雑誌を読んだことはなく、名前を知ったのも、昔結構読んでいた(信奉していたわけではないが、信用はしていた)小林よしのりによって「噂の貧相」と揶揄して取り上げられていたことがきっかけだったように思う。ちなみに今はよしのりはほぼ信用していない。

この雑誌は権力的な存在にも果敢に挑戦していて、川端幹人「タブーの正体!」でもそのあたりはよくわかった。川端は噂の真相の編集者で、噂の真相時代のタブー問題を多く語っているので、本書と重複する部分はかなりあった。

川端の本では右翼の襲撃事件が一番ショッキングに思えたが、岡留の本では襲撃事件も騒動の一部という感じで、それほどでもないようだ。

様々な騒動が取り上げられていて、噂の真相の奮闘がよくわかる本ではあるのだが、個人的にどうでもいいような噂の真相立ち上げの細かい経緯だとか、人間関係の話など、興味の起きない部分があり、「タブーの正体」と比べると見劣りした。まあ本来は噂の真相ファンに向けた本なので、多少身内話がある方が面白く読める人も多いのだろうが。

上記は本質的な問題ではないのだが、この著書は全体的に、ある種当然ながら噂の真相の報道は全て正義であり、噂の真相が批判した対象は全て批判されても仕方ないし、噂の真相には誤報はなく訴訟は全て不当である、という凄まじいまでの主張がなされている。少なくとも、この報道は間違いだったと認めた例は本書中にあった記憶が無い。こんな人間をコラム等で使ったのは間違いだった、と言っている例はあるが(宅八郎本多勝一など)、あくまで報道については訴訟沙汰を含め、自己反省はほぼ見られない(右翼襲撃事件については「批判の仕方としては邪道な方法だった」という反省はあるが、誤報という話ではない)。

しかし、ギリギリの線を攻めた報道を繰り返しているのにもかかわらず、長い間記事を書き続けて、一つの誤報もないなんてありえるのだろうか。それこそ、都合の悪いことは隠すか、事実をねじ曲げていないかと疑ってしまう。別に、誤報があったらこの雑誌に価値はないなんて全く思わないし、意味のあるスクープも多くなされたと信じるが、この雑誌はこれほど多くの巨悪と戦い続けた正義の雑誌なのだと言わんばかりの本書の作りは、バランスというものが全く欠如していないか。さらに言えば、それこそ「下品」な記事も多く掲載されていたのだと思うが、そのあたりのあまり正当化しづらそうな部分はあまり触れず(表紙が当初下品なパンチラした女性の絵だった件などは取り上げられている)、正当化が容易な社会正義的な記事が多く取り上げられている印象が強い。まあ、雑誌そのものをそれほど読んでいないので、実際はそれほど下品な記事はなかっただけなのかもしれないが。

色々批判気味になってしまったが、実際に読んでいてそこまで自慢と自信過剰が目に付くわけではないので、全体的には興味深く読めたのは事実である。ただ、先に「タブーの正体」を読んでいたため、やや印象が弱くなったのと、噂の真相という雑誌に思い入れがないというのが評価に影響したのは否めない。